下小田井村(読み)しもおたいむら

日本歴史地名大系 「下小田井村」の解説

下小田井村
しもおたいむら

[現在地名]西枇杷島町下小田井・旭(あさひ)町・芳野(よしの)町・小田井(おたい)・城並(じようなみ)・古城(こじよう)・上新(かみしん)町・下新(しもしん)町・片(かた)町・北大和(きたやまと)町・南大和(みなみやまと)町・押花(おしばな)町・泉(いずみ)町・砂入(すいり)町・住吉(すみよし)町・日の出(ひので)町・花咲(はなさき)町・末広(すえひろ)町・大黒(だいこく)町・二見(ふたみ)町・恵比須(えびす)町・弁天(べんてん)町

庄内川の西に位置し、現西枇杷島町の大半を占める。東を堀越(ほりこし)村・枇杷島村(現名古屋市)、南を日比津(ひびつ)村(現名古屋市)・土器野(かわらけの)新田村(現新川町)、西を須賀口(すかぐち)村(現新川町)・小場塚(こばつか)新田村、北を中小田井村(現名古屋市)と接する。村を美濃路が通る。

下小田井は於田江西(おたえにし)保に相当すると考えられる。於田江西保は応永四年(一三九七)正月の尾張国目代光守注進状(醍醐寺文書)に「三十五貫八百文 於田江中・西保 同(若君)御領」として初見し、同年一二月の尾張国在庁等注進状(同文書)にも「五十二貫四百一文 於田江中・西保 若君御領」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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