下小田切村(読み)しもおたぎりむら

日本歴史地名大系 「下小田切村」の解説

下小田切村
しもおたぎりむら

[現在地名]臼田町大字下小田切

片貝かたかい川とたき川の間の平坦地に位置する。東は勝間かつま村と佐久甲州道をもって境し、西は湯原ゆはら村と滝川をもって境する。南は中小田切村、中小田切新田村と、北は臼田うすだ村とそれぞれ耕地・用水堰をもって境する。

「一遍聖絵」(京都市歓喜光寺蔵)によれば、弘安二年(一二七九)

<資料は省略されています>

とあり、一遍はこのとき初めて踊念仏を行った。

嘉暦四年(一三二九)鎌倉幕府下知状案(守矢文書)の「御射山頭役結番之事」に、「流鏑馬、大井庄内、長土呂郷、薩摩五良左衛門尉、同庄内塚原地頭等小田切左衛門尉知行分」とあり、佐久郡大井おおい庄内に小田切氏の存在したことが明らかである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報