下手岡村(読み)しもておかむら

日本歴史地名大系 「下手岡村」の解説

下手岡村
しもておかむら

[現在地名]富岡町本岡(もとおか)・夜(よ)の森(もり)

富岡川北部の河岸段丘に続く緩い台地および南岸の山地にあり、南東は本町(もとまち)村。手岡は一般には「ちゅうか」と発音されている。建武四年(一三三七)一〇月一五日の伊賀盛光代贄田盛行軍忠状(飯野八幡宮文書)に「楢葉郡朝賀城」とみえる。「たかつど村」ともいったと思われ、文禄四年(一五九五)の四郡検地高目録に「富岡組・たかつど村」とあり、高六四五石余。慶長一三年(一六〇八)の岩城領分定納帳(内藤家文書)では手岡村の高は富岡本町村の高に含まれている。近世の領主の変遷は小浜(こばま)村に同じ。正保郷帳には村名がない。元禄郷帳では手岡村は高八二八石余、新田町(しんでんまち)村は高一〇八石余、杉内(すぎうち)村は高一〇〇石余、夜森(よのもり)新田は高二二八石余、赤木(あかぎ)新田は高一二〇石余、茂手木(もてぎ)新田は高五六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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