日本歴史地名大系 「下板倉村」の解説 下板倉村しもいたくらむら 富山県:婦負郡婦中町下板倉村[現在地名]婦中町下板倉神通川中流左岸と井田(いだ)川中流右岸の中間地点に位置し、すぐ西側を神通川の分流御門(みかど)川が流れる。東は下轡田(しもくつわだ)村、南は増田(ました)村。轡田村の枝村であるが、最初の開拓者は板倉村の者で、板倉村の下流に位置するので名付けられた(婦負郡志)。新川(にいかわ)郡に属した。元和八年(一六二二)の前田利光印判状(岡崎家文書)に板倉村の名がみえるが、内容からみて当村をさしていると思われる。明暦二年(一六五六)の板倉村年貢割付状(同文書)も当村のものと思われ、草高八六石、免三ツ二歩、小物成は野役二匁・猟船櫂役五匁・鱒役一匁・鮎川役一匁。元禄郷帳では高一五九石。享保六年(一七二一)の高五七石余(「村付高改帳」島倉家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by