下柘植村(読み)しもつげむら

日本歴史地名大系 「下柘植村」の解説

下柘植村
しもつげむら

[現在地名]伊賀町下柘植

上(うえ)村の西に位置し、村の東南部に標高七六五・八メートルの霊(れい)山がそびえる。村の西北部を柘植川が南西に流れ、その北側を大和街道が通る。村内に中出(なかで)・服部(はつとり)・界外(かいげ)の各古墳があり、平安時代霊山山頂に経塚が営まれ、中世には平貞盛の子孫平宗清を祖とする日置氏の一族が蟠踞したと伝える。日置(ひおき)城・西之(にしの)城・高井氏館や現在不明であるが「三国地志」に出るいくつかの城館は彼らのものであろう。

万治三年(一六六〇)内検を改めている。本高一九七二・一九六石、平高二三四八・一七五石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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