下熊野地(読み)しもくまのじ

日本歴史地名大系 「下熊野地」の解説

下熊野地
しもくまのじ

[現在地名]新宮市新宮・熊野地くまのじ一―二丁目・あけぼの・田鶴原たづはら町一―二丁目・王子おうじ町一―三丁目・清水元しみずもと一―二丁目

中熊野地の南にあり、東は熊野灘。村内を市田いちた川が東流して熊野灘に注ぐ。下熊野地村(新宮領分見聞記)とも下熊野村(紀州名勝志、南紀名勝略誌)ともいう。かつての熊野街道那智から浜沿いに下熊野地のはま王子(現王子神社)に至り、玉井たまのい橋を渡って阿須賀あすか神社社前の道を速玉はやたま神社へと向かっていた。しかし城下南北に貫く横町よこまち通の開通により下熊野地経由の道は廃れていった。

慶長検地高目録には新宮町として城下と合石で記される。熊野灘に近接するため農業と漁業を兼ね、天保(一八三〇―四四)頃の家数は一二〇軒ほどであった(続風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む