下草井村(読み)しもくさいむら

日本歴史地名大系 「下草井村」の解説

下草井村
しもくさいむら

[現在地名]大和町下草井

椋梨(むくなし)川を境に西は上草井村に接し、他の三方は山地で囲まれ、南に椋梨村がある。豊田郡に属した。中央部に黒谷(くろたに)という小盆地があり、東部に京田(きようだ)古墳群、南西に内(うち)ヶ平(ひら)古墳、南部の村境に近い山腹南面に二段式横穴式石室をもつ黒谷古墳がある。また北西部には朽田(くちだ)経塚がある。

もと上草井村と一村をなした。寛元三年(一二四五)正月一七日の安芸沼田新庄内吉名草井黒谷譲状写(小早川家文書)に、小早川季平(沼田新庄方の祖)の妻が子季康に譲る地頭職のうちに「くろたに」とみえるのは当村の字黒谷のことで、季康は竹原の小早川政景の妻となった娘の子供に黒谷などの地頭職を譲っているので、黒谷などの地頭職はのちに新庄方から竹原方に移り、この後は上草井村と同一村として扱われている(同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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