下雨ヶ谷村(読み)しもあまがいむら

日本歴史地名大系 「下雨ヶ谷村」の解説

下雨ヶ谷村
しもあまがいむら

[現在地名]茨城町下雨ヶ谷

巴(ともえ)川の左岸に位置し、西北は上雨ヶ谷村。年未詳の鹿島神宮所領日記(鹿島神宮文書)に「にしあめかい・ひかしあめかい」の地名がみえる。中世は宍戸氏の支配下にあった。江戸時代は天領と旗本領になり、元禄郷帳に「下雨ケ谷村」とみえる。幕末は天領七九・九石余、旗本領は中山・川野・坂上の各氏が各二六・九石余であった(各村旧高簿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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