下雨ヶ谷村(読み)しもあまがいむら

日本歴史地名大系 「下雨ヶ谷村」の解説

下雨ヶ谷村
しもあまがいむら

[現在地名]茨城町下雨ヶ谷

ともえ川の左岸に位置し、西北は上雨ヶ谷村。年未詳の鹿島神宮所領日記(鹿島神宮文書)に「にしあめかい・ひかしあめかい」の地名がみえる。中世宍戸氏の支配下にあった。江戸時代は天領旗本領になり、元禄郷帳に「下雨ケ谷村」とみえる。幕末は天領七九・九石余、旗本領は中山・川野・坂上の各氏が各二六・九石余であった(各村旧高簿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む