日本歴史地名大系 「与太郎塚」の解説 与太郎塚よたろうづか 岡山県:玉野市大崎村与太郎塚[現在地名]玉野市八浜町大崎旧大崎(おおさき)村の東端、旧八浜(はちはま)村との境に近い旧海岸沿いにあり、宇喜多与太郎基家の墓。豊島石製の五輪塔で、高さ一四二センチ。銘は判読できないが、「妙法蓮華経」が刻まれている。基家は宇喜多直家の養子で、天正九年(一五八一)二月の直家の死後、直家嫡子八郎秀家の名代となって宇喜多家を差配していた。この好機に織田氏側についた宇喜多氏を討つべく、毛利勢が穂田元清を大将に児島(こじま)に来襲、四月、大崎の麦飯山(むぎいざん)城に入った。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報