与那良村(読み)ゆならむら

日本歴史地名大系 「与那良村」の解説

与那良村
ゆならむら

[現在地名]竹富古見こみ

高那たかな村の小村平西ぴにしい(古見村小村)の北、与那良ゆなら川流域に位置し、東に由布ゆぶ島・小浜こはま島を望む。村の前の海は「よ不潟」(ユブ)ともよばれた広い浅瀬で(八重山島由来記)、干潮時には由布島に歩いて渡れる。小浜島との間の海峡をユナラドゥー(ヨナラ水道)という。両島絵図帳では古見くん間切に「よなら村」がみえ、高五七石余。崇禎元年(一六二八)の三間切制移行時の書上(八重山島年来記)に村名はなく、「琉球国由来記」で与那良ゆなら御嶽花城はなすく村にあるとされているので、当時は石垣いしやなぎい間切花城村に含まれたと考えられる。康熙五〇年(一七一一)花城村与人は石垣島北部に成立した平久保ぺーぶぐ(現石垣市)与人となったが(八重山島年来記)、このときに花城村は古見くん村に併合され、当村も古見村の小村となったとみられる(→古見村

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む