与野郷(読み)よのごう

日本歴史地名大系 「与野郷」の解説

与野郷
よのごう

与野市南西部から浦和市北西部にかけての地域に比定される中世の郷。融通念仏縁起(京都市清凉寺蔵)には正嘉(一二五七―五九)の頃「武蔵国与野郷」の名主家内の老少に勧めて別時念仏を修し、疫病を免れたという伝承が載せられている。応安二年(一三六九)七月二八日の大窪郷地頭方三分一方田畠注文(正木文書)に「よのさかい」とあり、与野郷は大窪おおくぼ郷に隣接していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む