世田谷代官屋敷(読み)せたがやだいかんやしき

日本歴史地名大系 「世田谷代官屋敷」の解説

世田谷代官屋敷
せたがやだいかんやしき

[現在地名]世田谷区世田谷一丁目

世田谷通の南に並行して走る通称ボロ市通りの南側にある。近江彦根藩世田谷領の代官であった大場氏の屋敷で、都指定史跡。寛永一〇年(一六三三)彦根藩主井伊直孝に関東で二万石が加増され、うち二千三〇六石余が世田谷領であった(寛永一一年「領知目録」井伊家文書、「新修世田谷区史」)。初め村数は荏原(えばら)・多摩両郡の一五ヵ村であったが、慶安四年(一六五一)多摩川の川筋掘替えによって領内下野毛(しものげ)村八〇石分の代地が四ヵ村の内から与えられ、村数は一九ヵ村となった(公私世田谷年代記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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