中之店(読み)なかのたな

日本歴史地名大系 「中之店」の解説

中之店
なかのたな

[現在地名]和歌山市中ノ店〈なかノ丁・みなみノ丁・きたノ丁〉

南雑賀みなみさいか町より北に続く縦町であるが、「続風土記」は「米屋町通の東にありて南北に続けり」といい、米屋こめや町の東、すなわち南雑賀町を中之店としている。しかし元禄一三年(一七〇〇)の和歌山城下町絵図ではたくみ町の東を「中のたな」、南桶屋みなみおけや町の東を「かや町」とし、寛政城下町絵図では匠町の東を「中ノ丁」としている。中之店は現在のように三丁に分け、米屋町の東を中之店南ノ丁、匠町の東を中之店中ノ丁、南桶屋町の東を中之店北ノ丁とよぶのが江戸後期の通例であったと思われる。

本居宣長は寛政一二年(一八〇〇)和歌山城下に赴き、「中之店北ノ町塩田養的座敷(紀州行日記)を旅宿としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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