中八院村(読み)なかばちいんむら

日本歴史地名大系 「中八院村」の解説

中八院村
なかばちいんむら

[現在地名]大川市中八院(なかはちいん)

上白垣(かみしらかき)村の南に位置し、西は下八院(しもばちいん)村、東は上八院村(現大木町)、南は中木室(なかぎむろ)村。中世から近世初期まで上八院村・下八院村と合せ八院村と称した。文禄四年(一五九五)の知行方目録に「八ゐん村」がみえ、高一千四六二石余。慶長五年(一六〇〇)一〇月二〇日、一帯で八院合戦(江上表の合戦)があった。肥前の鍋島勝茂の軍勢と戦って討死した立花統次をはじめとする立花宗茂の家臣らを埋めた亡霊(ぼうれい)塚があり、塚上の地蔵を三太夫(さんだゆう)地蔵という(大川市誌・柳川史話)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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