中六日町(読み)なかむいかまち

日本歴史地名大系 「中六日町」の解説

中六日町
なかむいかまち

[現在地名]会津若松市行仁町ぎようにんまち上町うわまち旭町あさひまち相生町あいおいまち

博労ばくろう町の東に並び、南は本郷ほんごう町より北は滝沢たきざわ町に至る、長さ四町二七間・幅四間、家数九九(新編会津風土記)。貞享二年(一六八五)の「新町諸品之覚書」に「中六日町 五ノ組に八角之下屋敷有、此地古来ハ祭礼ノ節、神輿をか出したる所なり、依之此地無役にて有之候処に何比よりか町役に令致来り、八角宮貸屋弐軒有之候」と記され、寛永四年(一六二七)加藤嘉明入部より一〇年余は、博労町と一年交替で市を立てていたが、その後は博労町にばかり立って、博労町に馬市が立ったときに当町に木市が立ったと記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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