中太田町村(読み)なかおおだまちむら

日本歴史地名大系 「中太田町村」の解説

中太田町村
なかおおだまちむら

[現在地名]太子町太田おおだ

東保出屋敷とうぼでやしき村の東に位置し、中央部を大津茂おおつも川が南北に流れる。慶長国絵図に「田之町」と記される地域にあたる。慶長一八年(一六一三)の揖東郡村々高覚(三木家文書)大田庄と肩書されて中太田村とみえ、同一三年の高一千五七六石余。元和三年(一六一七)の揖東郡郷帳(林田郷土史)には中太田町とあり、林田藩領。幕末まで同藩領(「太子町史」など)正保郷帳では中太田村とあり、田方一千一四一石余・畑方一八一石余。元禄郷帳には中太田町村とみえ、高一千三二二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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