中家村(読み)ちゆうかむら

日本歴史地名大系 「中家村」の解説

中家村
ちゆうかむら

[現在地名]広神村中家・中家新田

羽根はね川中流の平地帯にある。東の上流域に池平いけだいら村と当村枝村のはら新田。西の下流には中家新田・新保しんぼ村と続く。中世には当村から羽根川奥地までを羽川はねかわと称したとみられる。当村から下流は穀倉地帯が展開し、羽根川の水元を占める。標高二五〇メートルの位置に中家城跡がある。その南麓に羽根川、北麓に日付ひづけ川が流れる。城主は当初発智氏であったとみられる。明応七年(一四九八)六月二日の長尾能景遵行状(発智文書)によると「羽川分」は発智六郎右衛門尉の知行地とされ、山神を祀る峰を境に月岡氏領があった。字崖下がけしたにほっちん塚の地名が残る。天正(一五七三―九二)頃には発智氏の家臣と思われる青倉氏が拠っていたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む