中尊寺村(読み)ちゆうそんじむら

日本歴史地名大系 「中尊寺村」の解説

中尊寺村
ちゆうそんじむら

[現在地名]平泉町平泉

現平泉町の中央北端に位置する。東の北上川を越えた地域に、南隣の平泉村とともに入作地をもつ。北は下衣川しもころもがわ(現胆沢郡衣川村)、西は戸河内へかない村で、前沢まえさわ宿(現胆沢郡前沢町)を発した奥州街道は衣川を越え、当村の中尊寺東麓を経て平泉村に向かう。村名は中尊寺の所在に由来する。同寺山内北端には北方鎮守の白山神社があり、南方鎮守は日吉山王社であったが焼失(封内風土記)。永禄三年(一五六〇)七月一一日の葛西晴信宛行状(宮城猪岡文書)に村名がみえ、当村などの旗頭として猪岡又太郎に馬上五〇騎・与力一〇〇人・弓三〇人・鑓二〇人を与え、所領の加増を行っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報