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衣川 ころもがわ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

衣川
ころもがわ

岩手県南西部,奥州市南部の旧村域。一関市北西に位置する。 2006年水沢市,江刺市,前沢町,胆沢町と合体して奥州市となった。旧村名はこの地に残る羽衣伝説に由来する。大部分は奥羽山脈の山地で占められ,木材生産が行なわれる。

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衣川
ころもがわ

岩手県南西部,平泉丘陵の北麓を東流して北上川に注ぐ川。上流は媚山に源を発する北股川と高手山から発する南股川。両川が上衣川付近で合流して衣川となる。アユ,ウグイの釣場で,訪れる人が多い。

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デジタル大辞泉の解説

ころも‐がわ〔‐がは〕【衣川】

北上川の支流。岩手県奥州市を流れ、平泉町で北上川に注ぐ。[歌枕]

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百科事典マイペディアの解説

衣川【ころもがわ】

岩手県南部,奥羽山脈の東に発し,平泉町で北上川に注ぐ。長さ54km。下流一帯は源義経最期の地と伝える衣川館(高館)跡,安倍頼時・貞任居館の衣川柵跡,前九年・後三年の役古戦場など阿倍氏奥州藤原氏の史跡が多い。
→関連項目平泉平泉[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

ころもがわ【衣川】

岩手県南西部,平泉丘陵の北麓を東流して北上川に注ぐ川。長さ約30km。上流は,媚(こび)山に源を発し断層谷を東流する北股川と,高手山に発し餅転(もちころばし),大原,南股の峡谷をなす南股川に分かれ,両川が衣川村東部で合流して衣川となり,平泉町で北上川に合流する。北部流域は胆沢(いさわ)扇状地の南縁を限る衣川傾動地塊の南麓にあたる。【宮城 豊彦】 律令国家が陸奥国磐井・胆沢両郡の境界線に指定し,川沿いに営,柵,関,館などを設営。

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大辞林 第三版の解説

ころもがわ【衣川】

岩手県南西部を流れる北上川の支流。⦅歌枕⦆ 「袂より落つる涙は陸奥みちのくの-とぞいふべかりける/拾遺 恋二

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

衣川
ころもがわ

岩手県南西部、胆沢(いさわ)郡にあった旧村名(衣川村(むら))。現在は奥州(おうしゅう)市の南西部を占める地域。2006年(平成18)水沢(みずさわ)市、江刺(えさし)市、胆沢(いさわ)郡前沢(まえさわ)町、胆沢町と合併して奥州市となった。旧村域の東端を国道4号が通り、東北自動車道の平泉前沢インターチェンジに近い。奥羽山脈東麓(とうろく)にあり、80%が森林で占められる。北股(きたまた)川、南股川、衣川沿いにわずかに水田が開け、肉牛飼育や植林事業が活発である。平泉(ひらいずみ)町に北接し、前九年・後三年の役の古戦場や長者原(ちょうじゃがはら)廃寺跡(県史跡)などの遺跡が多い。ふるさと自然塾、国見平スキー場などがある。[川本忠平]

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世界大百科事典内の衣川の言及

【鬼怒川】より

…栃木県北西部,鬼怒沼湿原に源を発して県内を貫流し,茨城県西部を南流して利根川に合する川。古くは毛野(けぬ)川といわれ,絹川,衣川とも書かれた。全流域面積1760.6km2,幹川流路延長176.7kmは利根川の支流中最大。…

【前九年の役】より

…貞任は戦死し,降参した宗任(むねとう)らの一族は伊予国と大宰府に流されて,安倍氏は滅亡した。源義家が貞任に〈衣のたてはほころびにけり〉と歌いかけ,貞任が〈年をへし糸のみだれのくるしさに〉とつけたという故事は,この乱の一環の衣川の戦のときのこととされている(《古今著聞集》)。この乱はふつうは俘囚安倍氏の国家に対する反乱とされているが,同時に勃興しつつある武士の私闘の側面をももっており,その実相は複雑である。…

【源義家】より

…そのほか,《古今著聞集》《古事談》や《陸奥話記》《奥州後三年記》《源平盛衰記》などの説話や軍記物に所伝が頻出する。有名なものとしては,前九年の役の衣川(ころもがわ)の戦で敗走する安倍貞任(さだとう)に〈衣のたては綻(ほころ)びにけり〉とうたいかけたところ,貞任が〈年を経し糸のみだれのくるしさに〉と答えたので,その教養に感じて矢をおさめたという話(《陸奥話記》),京へ帰って貞任討伐の自慢話をしたところ大江匡房に〈惜しむらくは兵法を知らず〉と言われ,かえって喜んで匡房に弟子入りして兵法を学んだこと,そして〈兵野に伏すとき,雁列を破る〉との兵書の教えから,後三年の役では斜雁の列の乱れをみて伏兵を知ることができたとの話(《奥州後三年記》)などがあげられる。 義家伝説を大別すると,(1)戦闘での武勇伝と,従者や武勇之仁に対する武将としての思いやりを描いたもの,(2)そこから派生して義家の名や声を聞いただけで猛悪な強盗も逃げ出すというような,〈同じき源氏と申せども,八幡太郎は恐ろしや〉(《梁塵秘抄》)に発展する類のもの,(3)さらに義家によって物の怪(もののけ)や悪霊さえも退散するという神格化された武勇神とでもいうべき義家像を描いたもの,の3種がある。…

【源義経】より

…西海にのがれようとして摂津の大物浦に船出したが難破し,そののちは畿内一帯に潜伏して行方をくらまし,やがて奥州にのがれて藤原秀衡(ひでひら)の庇護を求めた。しかし秀衡の死後,その子泰衡は頼朝の圧迫に抗しえず,89年閏4月30日,義経を衣川の館に襲撃し,これを自害させた。数奇な運命にもてあそばれた悲劇的な義経の生涯は,多くの人々の同情を集め,後世には彼を英雄視する伝説・文学を生む結果となり,世に〈判官びいき〉の風潮を作った。…

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