中山菁莪(読み)なかやま せいが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中山菁莪」の解説

中山菁莪 なかやま-せいが

1728-1805 江戸時代中期-後期の儒者。
享保(きょうほう)13年2月26日生まれ。家は代々出羽(でわ)久保田(秋田県)の医師。小野鶴山,稲葉迂斎(うさい)にまなび,久保田藩につかえる。宝暦8年藩主佐竹義明(よしはる)の侍講となり,寛政5年藩校明道館の初代館長。文化2年5月27日死去。78歳。名は盛履(もりふみ)。字(あざな)は子絢。通称は伝右衛門,文右衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む