20世紀日本人名事典 「中島葉那子」の解説 中島 葉那子ナカジマ ハナコ 昭和期の詩人 生年明治42(1909)年12月20日 没年昭和14(1939)年4月20日 出生地北海道夕張郡角田村(現・栗山町) 本名更級 はなゑ 経歴早くから詩や短歌を作り、南条美鈴の筆名で高等女学校講義録の短歌欄に投稿。のち詩作に専念し、農民運動の影響を受けて農民側に立った激しい詩を数多く作った。昭和5年頃から詩人・竹内てるよと交流。また、小柄沙皎主宰の詩誌「くさみち」や更科源蔵主宰の詩誌「北緯五十度」などにも作品を投稿した。6年更科と結婚し、2女をもうけるが、14年29才の若さで死去。作品に「幼な物がたり」「馬鈴薯薯階級の詩」などがある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中島葉那子」の解説 中島葉那子 なかじま-はなこ 1909-1939 昭和時代前期の詩人。明治42年12月20日生まれ。竹内てるよと交遊,昭和5年ごろから詩をつくる。大正末年に生地北海道角田村でおきた農民運動に影響されて農民の立場にたった詩をかき,更科(さらしな)源蔵の「北緯五十度」などに発表する。6年更科と結婚した。昭和14年4月20日死去。31歳。本名ははなゑ。作品に「幼な物がたり」「馬鈴薯階級の詩」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例