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中島飛行機[株] なかじまひこうき

百科事典マイペディアの解説

中島飛行機[株]【なかじまひこうき】

中島知久平が1917年設立した日本初の民間航空機会社。軍の強力な保護を受け日中戦争以後飛躍的に発展。下請企業など多数を子会社化し機械工業コンツェルンを形成した。
→関連項目糸川英夫

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世界大百科事典 第2版の解説

なかじまひこうき【中島飛行機[株]】

中島知久平が創立した航空機メーカー。第2次大戦終戦時には三菱重工業と並ぶ日本の代表的総合航空機メーカーに成長するとともに,いわゆる中島コンツェルンの中核会社であった。中島は,民営による航空機の国産化を目指して,郷里群馬県太田町に飛行機研究所(1919年中島飛行機製作所と改称)を設立した。この工場は,陸海軍からの発注と三井物産との提携に支えられてしだいにその規模を拡大し,31年には資本金1200万円(半額払込み)の株式会社に発展するとともにその名称を中島飛行機(株)と改めた。

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世界大百科事典内の中島飛行機[株]の言及

【太田[市]】より

…徳川家康が建立した大光院(子育呑竜)の門前町として,また日光例幣使街道の宿場町として発達した。1919年中島飛行機製作所が設立され,第2次大戦中は一大軍需工業地帯の中心となった。戦後軍需工場は壊滅したが,50年ころからスクーター製造やメリヤス工業が興り,その後中島飛行機の跡を継いだ富士重工の自動車生産を頂点に,電機,機械,金属,プラスチックなどの工場が立地し,近年は高崎,前橋を大きくひきはなして群馬県内第1位,1兆2670億円,県全体の16%(1995)の工業出荷額を誇っている。…

※「中島飛行機[株]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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