糸川英夫(読み)イトカワヒデオ

  • 1912―1999
  • いとかわひでお〔いとかはひでを〕
  • 糸川英夫 いとかわ-ひでお

百科事典マイペディアの解説

航空・宇宙工学者。東京都出身。1935年に東京帝国大学(,東京大学)工学部航空学科卒業。中島飛行機に入社し,〈(はやぶさ)〉などの戦闘機の設計に関わるが,1941年に東京帝国大学第二工学部の助教授就任。1948年には東京大学教授となる。1955年に国産初の固体ロケットである〈ペンシルロケット〉の発射実験に成功,〈日本のロケット開発の父〉として知られる。1967年に東京大学教授を退官し,組織工学研究所を設立して初代所長となる。著書逆転発想》はベストセラーとなる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1912-1999 昭和-平成時代の航空工学者。
明治45年7月20日生まれ。昭和23年東大教授となる。東大生産技術研究所でロケットの研究をはじめ,30年国産初の固体燃料ロケット「ペンシルロケット」の発射実験に成功,日本のロケット開発をリードした。42年組織工学研究所長。平成11年2月21日死去。86歳。東京出身。東京帝大卒。著作に「逆転の発想」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1912.7.20. 東京,東京
[没]1999.2.21. 長野,丸子
宇宙工学者。ペンシル・ロケット開発のリーダーで,日本のロケット開発の父と呼ばれる。1912年東京府東京市麻布区(今日の東京都港区西麻布)で生まれる。第一東京市立中学校(今日の九段高等学校),旧制東京高等学校理科甲類を経て,1935年東京帝国大学工学部航空学科を卒業。卒業後中島飛行機に入社し,日本陸軍の九七式戦闘機,一式戦闘機『』,二式単座戦闘機『鍾馗』などの設計に参加。1941年東京帝国大学第2工学部助教授に就任。1948年同教授。1954年東京大学生産技術研究所内に AVSA; Avionics and Supersonic Aerodynamics(航空電子工学および超音速空気力学)研究班を組織した。1955年4月東京都の国分寺市でペンシル・ロケットの水平発射実験を行ない,また同 1955年8月からは秋田県の道川海岸で飛翔実験を行なった。同 8月ベビー・ロケットを発射。1956年カッパ・ロケットを発射。以後 1960年代はラムダ・ロケットの開発を指導。1967年東京大学を中途退官して組織工学研究所を設立し,これを機に宇宙開発の前線から去った。システム工学の社会的実践に努め,その後イスラエルとの友好に情熱を注いだ。晩年は長野県丸子町(今日の上田市)に移り住み,1999年多発性脳梗塞のため,丸子町の病院で死去。2003年小惑星探査機『はやぶさ』の探査対象が糸川の名にちなんでイトカワと命名された。2012年に生誕 100周年を記念して内之浦宇宙空間観測所内に銅像が建立され除幕式が行なわれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

航空工学者。日本のロケット開発の中心として活躍、宇宙科学技術の基礎を築いた。東京の生まれ。1935年(昭和10)東京帝国大学工学部航空工学科卒業、中島飛行機に入社し、戦闘機「隼(はやぶさ)」の設計作業に参加した。1941年東大助教授、1948年東大教授となる。宇宙開発の重要性にいち早く着目し、1955年ペンシル・ロケットの打上げに成功、日本の宇宙開発に先鞭(せんべん)をつけた。1964年東大宇宙航空研究所(1981年から文部科学省宇宙科学研究所。2003年10月、宇宙科学研究所は宇宙開発事業団、航空宇宙技術研究所と統合して独立行政法人、宇宙航空研究開発機構となる)に移り、各種ロケットの開発を進めた。1967年東大を退職、シンクタンク「組織工学研究所」を設立、海洋開発などを手がけた。著書に『逆転の発想』『第三の道』などがある。チェロの演奏、クラシックバレエなど多彩な趣味でも知られた。[編集部]
『『逆転の発想』(1974/新装版・2011・プレジデント社) ▽糸川英夫著『新逆転の発想』上下(PHP文庫) ▽『第三の道――インドと日本とエントロピー』(中公文庫)』

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世界大百科事典内の糸川英夫の言及

【宇宙開発】より

…アメリカのG.K.オニールの提案したスペースコロニーはその代表的なものであり,これらが行われるようになって,初めて宇宙開発はほんとうに開発という意味をもつことになる。
【日本の宇宙開発】
 日本の宇宙を目ざしたロケット研究は,1955年東京大学生産技術研究所の糸川英夫のグループによるペンシルロケットの打上げに始まる。このロケットは直径1.8cm,長さ23cmの固体ロケットで,都下国分寺で水平発射実験を繰り返して,ロケットの基本的な特性を明らかにしていった。…

※「糸川英夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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