中淀川村(読み)なかよどかわむら

日本歴史地名大系 「中淀川村」の解説

中淀川村
なかよどかわむら

[現在地名]協和町中淀川

東は上淀川(かみよどかわ)村、南は下淀川村に接し、淀川に沿って展開する。上中下と分れたのは近世に入ってからと思われる。

菅江真澄の「月の出羽路」には「古(もと)下淀河より分邑(わかれ)たるよしをいへり」とあって、下淀川村から分村したという。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図では五二七石とある。宝永二年(一七〇五)の仙北郡村々御黒印高帳(秋田県庁蔵)では、本田高五三五石余、新田高二六〇石余の計七九五石余(当高七四七石余)である。享保(一七一六―三六)頃の家数一四軒、うち寺一軒、山伏二軒で、枝郷は一ノ沢(さわ)村二軒、古種沢(ふるたねざわ)村四軒、下(した)村二軒、上宿(うわしゆく)村、山田(やまだ)村一軒、田屋(たや)村三軒、野合(のあい)村一三軒、白岩(しらいわ)村一二軒、中(なか)村九軒、小栗(おぐり)山村一四軒、外(そと)ノ沢(さわ)村三軒があった(六郡郡邑記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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