丸岡遺跡(読み)まるおかいせき

日本歴史地名大系 「丸岡遺跡」の解説

丸岡遺跡
まるおかいせき

[現在地名]四日市市西村町 丸岡

朝明あさけ川北岸で員弁いなべ大安だいあん町・三重郡菰野こもの町との境界に近い標高六四メートルの台地上にある。縄文時代後期から鎌倉時代に至る集落跡。南側の水田との比高は約一五メートルで、遺跡の範囲は約四万平方メートルに及ぶ。昭和四六年(一九七一)・同四九年に遺跡範囲の確認調査が行われている。縄文時代では土壙から磨消縄文・篦描沈線文・条痕文などの土器が出土し、弥生時代では中期・後期の各種の土器が出土しているが遺構は明確でない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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