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久坂玄機 くさか げんき

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美術人名辞典の解説

久坂玄機

江戸後期の蘭医。長門生。名は真、別号に天籟。玄瑞の兄。代々医をもって萩藩に仕える。長崎で蘭学を学び、ついで大坂の緒方洪庵に入門。適塾の塾頭を務める。長州藩で種痘が行なわれたのは玄機に負うところが大きい。安政元年(1854)歿、35才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

久坂玄機 くさか-げんき

1820-1854 江戸時代後期の医師。
文政3年生まれ。久坂玄瑞(げんずい)の兄。緒方洪庵(こうあん)に蘭学をまなぶ。長門(ながと)(山口県)萩藩(はぎはん)医学館の都講役となり,嘉永(かえい)2年種痘を実施。7年病をおして藩主毛利敬親(たかちか)に海防策を上申し,数日後の2月27日死去した。35歳。名は真(まこと),静。号は天籟。訳書に「演砲法律」「治痘新局」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

久坂玄機

没年:安政1.2.27(1854.3.25)
生年:文政3(1820)
江戸後期の蘭学者。長州(萩)藩医久坂良迪の長男。名は真又静,天籟と号した。萩で儒学,蘭学を学び,弘化4(1847)年6月から嘉永1(1848)年まで大坂の緒方洪庵に蘭学を学んだ。大坂遊学中に蘭書『ヘロトン』を翻訳して『演砲法律』と名づけた。伊東玄朴に江戸に出ることを勧められたが,辞退して萩に帰り,藩の医学館の都講役(講師)となった。嘉永2年9月藩内に牛痘接種を実施することとなり,赤川玄悦,青木周弼らと引痘掛を命ぜられ,『治痘新局』を訳述。翌3年6月医学館が好生館と改称され,都講兼御書物方となった。尊王の志があったことから僧の月性とも親交があり,海外の事情にも明るく,藩の実力者村田清風からしばしばその意見を聞かれたという。詩作に秀で,『久坂天籟詩文稿』を残している。吉田松陰の妹婿久坂玄瑞は実弟。<参考文献>田中助一『防長医学史』

(田中助一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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