久玉城跡(読み)くたまじようあと

日本歴史地名大系 「久玉城跡」の解説

久玉城跡
くたまじようあと

[現在地名]牛深市久玉町

久玉浦の入江を南に望む権現ごんげん(四〇一・九メートル)南の標高四七メートルの尾根にある。中世城でありながら、近世城同様の石垣を有し、中世から近世にかけての過渡的な城跡として注目される。県指定史跡。現在、久玉浦の埋立が進み、当城から海岸線まではかなりの距離があるが、築城当時は真下まで海が迫る海城で、石垣に付着した牡蠣殻などから石材は海の石を利用したことが判明する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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