久礼ヶ畑村
くれがはたむら
[現在地名]米原町榑ヶ畑
上丹生村の南東、霊仙山中の北西斜面に立地する山村。かつては檜ヶ畑と称していたのを貞観年間(八五九―八七七)惟喬親王幽閉の時から今の名に改めたという(坂田郡志)。天正一九年(一五九一)四月の御蔵入目録(林文書)に榑畑村とみえ、下丹生村など四村とともに高付されている。慶長七年(一六〇二)の榑ヶ畑村検地帳(榑ヶ畑区有文書)によると高九二石余・反別四一町九反余。屋敷三反二畝余のほかはすべて畑で、しかも下畑が最も多く約四割を占める。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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