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霊仙 りょうせん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

霊仙 りょうせん

?-? 平安時代前期の僧。
法相(ほっそう)宗。延暦(えんりゃく)23年(804)最澄,空海らと唐(とう)(中国)にわたる。梵語(ぼんご)でかかれた「大乗本生心地観経」の漢語訳にかかわり,のち五台山にうつる。天長2年(825)嵯峨(さが)上皇から黄金をおくられ,答礼として新訳経典などを献じた。5年淳和(じゅんな)天皇寄進の黄金を弟子の貞素(じょうそ)がとどけたときにはすでに毒殺されていた。

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朝日日本歴史人物事典の解説

霊仙

没年:天長4(827)
生年:天平宝字3(759)
平安初期入唐し,日本人としてただひとり「三蔵」号を与えられた密教僧。近江犬上郡(滋賀県犬上郡多賀町)の息長真人刀禰麻呂の子。幼くして霊山寺に入り,18歳のとき興福寺で出家。延暦23(804)年空海,最澄らと共に入唐し,長安醴泉寺のインド僧般若の弟子となり唯識を学ぶ。弘仁2(811)年『心地観経』を梵文から翻訳。三蔵に任じられ,宮中の仏事を司る内供奉十禅師となる。同11年仏教弾圧を恐れ五台山に居を移す。天長2(825)年嵯峨天皇が活躍を讃えて砂金100両を贈る。返礼に舎利や『心地観経』などを送付。同4年淳和天皇から砂金100両を贈られたが,まもなく何者かに毒殺された。晩年,護国の秘法「太元帥法」の日本伝来を念願していたらしい。『心地観経』は父母,衆生,国王,仏法僧の四恩を讃える経典で,空海が日本の国情に合うと流布した形跡が濃い。<参考文献>堀池春峰「興福寺霊仙三蔵と常暁」(『歴史評論』105号),籔田藤太郎『霊仙三蔵』

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

りょうせん【霊仙】

平安初期の法相(ほつそう)宗の学僧。生没年不詳。霊宣,霊詮,霊船とも記される。阿波国の人。入唐留学僧。804年(延暦23)空海や最澄などとともに遣唐使に随って入唐,長安の醴泉(れいせん)寺に住した。810年憲宗の詔により,カシミールから帰化した般若三蔵を助けて,日本人として例のない梵経よりの《大乗本生心地観経》の漢訳をなした。憲宗の内供奉(ないぐぶ)僧に選ばれて大元帥法(だいげんのほう)を修得し,帰国を望んだが許されず,820年五台山に逃れ諸院に留住して仏道に精進した。

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