久邇邦久(読み)クニ クニヒサ

20世紀日本人名事典 「久邇邦久」の解説

久邇 邦久
クニ クニヒサ

明治〜昭和期の皇族 久邇宮邦彦王第二王子;侯爵久邇家初祖。



生年
明治35(1902)年3月10日

没年
昭和10(1935)年3月4日

出生地
東京

学歴〔年〕
陸士卒

経歴
久邇宮邦彦王の第二王子に生まれ、邦久王と命名される。香淳皇后(昭和天皇皇后)の兄。学習院中等科、東京府立第一中学校を経て、陸軍士官学校を卒業し、英国に留学する。大正12年陸軍歩兵少尉となり、のち大尉に昇進。この間、近衛歩兵第4連隊付、陸軍戸山学校付、参謀本部付となる。11〜12年貴族院議員(皇族)。同年皇族の身分を離れ、久邇の家名と侯爵を授けられた。昭和7年から再び貴族院議員(侯爵)。継嗣なく、大宮司・伯爵三条西実義嗣子・公正の二男・実栄が継承した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「久邇邦久」の解説

久邇邦久 くに-くにひさ

1902-1935 明治-昭和時代前期,久邇宮邦彦(くによし)王の第2王子。
明治35年3月10日生まれ。香淳(こうじゅん)皇后(昭和天皇皇后)の兄。大正11年貴族院議員。12年皇籍をはなれ,久邇の家名と,侯爵をさずけられた。陸軍大尉。昭和10年3月4日死去。34歳。東京出身。陸軍士官学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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