乙多田村(読み)おつただむら

日本歴史地名大系 「乙多田村」の解説

乙多田村
おつただむら

[現在地名]三刀屋町乙加宮おつかみや

おもに三刀屋川の左岸沿いの段丘部に細長く広がり、南対岸は坂本さかもと村、西は多根たね(現掛合町)。産土神のたかお神社は天文(一五三二―五五)頃に隣村加食田かじきた鳥屋とやまる城の城主大塚土佐守誠久が勧請したとの伝承をもつ。慶安元年(一六四八)検地帳によれば田方一〇町八反余・分米一五一石余、畑方四町二反余・分米二〇石余、屋敷数は御役屋敷一二・御免屋敷六とある。元禄十年出雲国郷帳では高二一八石余、寛文四年(一六六四)の本田高二一〇石余・新田高二石余。


乙多田村
おつただむら

[現在地名]仁多町三所みところ

角木つのぎ村の東に位置する谷間の村。正保国絵図に乙田多村とみえる。慶安三年(一六五〇)の検地帳によると田高四七石余・反別四町八反余、畑高三石余・反別八反余、屋敷数一(御役家)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む