九面村(読み)ここづらむら

日本歴史地名大系 「九面村」の解説

九面村
ここづらむら

[現在地名]いわき市勿来町

陸奥国最南端の海岸部にあり、浜街道が南北に通る。南は常陸国平潟(ひらかた)村(現茨城県北茨城市)、北は関田(せきた)村。背後の丘陵上に勿来関(菊多関)跡といわれる地がある。菊多(きくた)郡に属する。近世の領主の変遷は磐城平藩領から元和八年(一六二二)窪田藩領、貞享元年(一六八四)幕府領、寛保二年(一七四二)以降棚倉藩領。文禄四年(一五九五)の四郡検地高目録に「ここつら村」とあり、高一四石余、田一町二反余・畑一町八反余。慶長一三年(一六〇八)の岩城領分定納帳(内藤家文書)では高二五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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