亀井山城跡(読み)かめいやまじようあと

日本歴史地名大系 「亀井山城跡」の解説

亀井山城跡
かめいやまじようあと

[現在地名]野田町上名

上名の熊陣馬場かんみようのくまじんばばの西側、字城内じようないにある。保元―平治(一一五六―六〇)千葉常胤の後裔で山門やまと郡司として下向した種国の築城と伝えるが、不詳。種国の孫の平秀忠は源頼朝によって元服山門太郎を号し、正六位上に叙されたという(三国名勝図会)。秀忠は建久四年(一一九三)九月四日父国秀の山門院所帯職を頼朝から安堵され(「将軍家政所下文」旧記雑録)、建仁三年(一二〇三)一二月二八日には北条時政の下文(同書)によってこれを再確認されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む