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了庵慧明 りょうあん えみょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

了庵慧明 りょうあん-えみょう

1337-1411 南北朝-室町時代の僧。
建武(けんむ)4=延元2年生まれ。曹洞(そうとう)宗。不聞契聞(ふもん-かいもん)について出家し,通幻寂霊の法をつぐ。応永元年相模(さがみ)(神奈川県)最乗寺をひらいた。応永18年3月27日死去。75歳。相模出身。俗姓は藤原。著作に「宏智小参鈔」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

了庵慧明

没年:応永18.3.27(1411.4.20)
生年:建武4/延元2(1337)
南北朝室町時代の曹洞宗の僧。日本曹洞宗最大の門流,了庵派の派祖。相模大住郡糟谷荘(神奈川県伊勢原市)の人。俗姓は藤原氏。初め臨済宗に学び,諸国行脚ののち,丹波(兵庫県)永沢寺の通幻寂霊の弟子となり,曹洞宗に改宗。通幻のあとを嗣いで総持寺,永沢寺などの住職となり,応永1(1394)年,箱根明神岳の東麓に最乗寺(山号は大雄山)を開く。了庵の弟子の道了が天狗に化身してこの寺を護っているといわれ,禅の修行道場であると同時に,天狗信仰の祈祷寺院として今日にまで至っている。<著作>『峨山和尚行実』『天童小参抄点破』<参考文献>最乗寺編『大雄山誌』,松田文雄『大雄山と御開山さま』

(熊本英人)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の了庵慧明の言及

【最乗寺】より

…神奈川県南足柄市にある曹洞宗の寺。山号は大雄山(だいゆうざん)。了菴慧明(りようあんえみよう)が1394年(応永1)に創建したと伝える。その際,弟子の道了が助力し,のちに天狗となって守護神となったという。当初は独住制であったが,1456年(康正2)から1874年(明治7)までは住持が1年ごとに交替する輪住制(りんじゆうせい)が採られ,関東曹洞宗発展の中心寺院であった。道了薩埵(さつた)は現在も広い信仰を集め,1,5,9月の27,28日には,大祭が催される。…

【通幻寂霊】より

…南北朝期の曹洞宗の僧。豊後(大分県)の生れ。はじめ臨済宗の聖一派に属する定山祖禅に師事したが,1340年(興国1∥暦応3)加賀の大乗寺に行き曹洞宗の明峰素哲に参じ,52年(正平7∥文和1)には能登の総持寺に赴き峨山韶碩(がさんじようせき)のもとで修行し,その法を継いだ。68年(正平23∥応安1)総持寺の住持となり,同寺では82年(弘和2∥永徳2),88年(元中5∥嘉慶2)の3度に及び住持をつとめている。…

※「了庵慧明」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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