五毛村(読み)ごもむら

日本歴史地名大系 「五毛村」の解説

五毛村
ごもむら

[現在地名]灘区五毛通(ごもうどおり)一―三丁目・薬師通(やくしどおり)一―三丁目・国玉通(くにたまどおり)一―三丁目・上野通(うえのどおり)一―三丁目・高尾通(たかおどおり)一―四丁目・箕岡通(みのおかどおり)一―三丁目・五毛

上野村の北東、六甲(ろつこう)山地南麓に続く段丘上に位置する。中世は都賀(とが)庄内にあり、文明元年(一四六九)一一月日の都賀庄寺庵帳(天城文書)には「こまう」と肩書されて仏眼院と「べゝの木」がみえる。同二年九月一二日の都賀庄公文名地帳(同文書)には作人として二郎大郎、長享三年(一四八九)五月吉日の都賀庄夏麦指出(同文書)では源五郎、天文一五年(一五四六)九月吉日の公文名納帳(同文書)では若大夫がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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