五百野村(読み)いおのむら

日本歴史地名大系 「五百野村」の解説

五百野村
いおのむら

[現在地名]美里村五百野

長野(ながの)川左岸にあり、家所(いえどこ)村の南にあたる。村域の北半は山地であり、南半は平坦地となっている。平地の東側の山沿いと長野川沿いに集落がある。永仁五年(一二九七)の伏見天皇綸旨案(八坂神社文書)に「五百野御厨」と現れる。建武二年(一三三五)九月二日付の太政官符(神宮文庫蔵御鎮座伝記紙背文書)にも「五百野御厨」の名があり、当時は得宗御内人南条左衛門尉高直領であったと考えられ、鎌倉幕府の崩壊により建武政府に没官され、のち伊勢神宮に寄進されたものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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