井上 毅(読み)イノウエ コワシ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

井上 毅
イノウエ コワシ


肩書
枢密顧問官,文相

旧名・旧姓
旧姓=飯田

別名
通称=多久馬 号=梧陰

生年月日
天保14年12月18日(1843年)

出生地
肥後国熊本城下坪井町(熊本県)

経歴
肥後藩士飯田権五郎の三男。井上茂三郎の養子となり、木下犀潭の「〓村(いそん)書屋」、藩学自習館に学んだ。明治維新には戊辰戦争に従軍。2年上京、3年大学南校小舎長、4年司法省に転じ、5年岩倉具視使節団に随行、フランス、ドイツに留学。帰国後内閣法政官となり日清交渉に随行。内務大書記官、太政官大書記官を経て、14年参事院議官となり、伊藤博文の憲法綱領を作成、国会開設の勅諭を起草。15年内閣書記官長として条約改正運動を援け、以後伊藤枢密院議長の下、枢密院書記官長となり帝国憲法、皇室典範の立案を完了。23年枢密顧問官として教育勅語制定に尽力。26年第2次伊藤内閣の文相となり、高等学校舎の制定、実業教育の普及に努めた。死後子爵。著書に「梧陰存稿」、訳書に「王国建国法」「孛国憲法」などがあり、のち梧陰文庫として国学院大学に寄贈された。

没年月日
明治28年3月17日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

367日誕生日大事典の解説

井上 毅 (いのうえ こわし)

生年月日:1844年12月18日
明治時代の官僚;政治家。子爵;文相
1895年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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