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皇室典範 こうしつてんぱん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

皇室典範
こうしつてんぱん

皇室に関する基本法典。 (1) 大日本帝国憲法下で憲法と並んで日本の根幹をなす法典とみなされ,憲法とともに 1889年2月 11日に制定されたもの。皇室自律主義のたてまえから,その制定,改正には国民や帝国議会は一切関与できないものとされた。

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知恵蔵2015の解説

皇室典範

皇室制度の基本を定めた法律(1947年施行)。(1)皇位継承、(2)皇族、(3)摂政、(4)成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜及び陵墓、(5)皇室会議の各章から成る。戦前の旧典範(1889年制定)から、大嘗祭(だいじょうさい)など神道儀礼の規定が削除されるなど簡略化されたが、骨格は踏襲している。旧典範は、欽定(きんてい)の最高法規で、国会の関与が許されなかったが、戦後の典範は一般の法律となった。皇位継承者を男系の男子に限る継承ルールの変更についても、国会で改正をすれば可能との意見が多数。

(岩井克己 朝日新聞記者 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

こうしつ‐てんぱん〔クワウシツ‐〕【皇室典範】

皇位継承・皇族・摂政・皇室会議など、皇室に関する事項を規定する法律。昭和22年(1947)制定。明治22年(1889)に制定された旧皇室典範明治憲法と並ぶ最高法典であったが、現行皇室典範は通常の法律の一。

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百科事典マイペディアの解説

皇室典範【こうしつてんぱん】

皇位継承,天皇・皇族の身分など皇室に関する重要事項を定めた法律(1947年)。旧皇室典範(1889年)は大日本帝国憲法と同等の形式的効力をもつ国の最高法規で,議会も干与できなかった。
→関連項目井上毅王(皇室)皇室会議皇族国葬上諭親王成年摂政践祚即位太傅宮家柳原前光立太子陵墓

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世界大百科事典 第2版の解説

こうしつてんぱん【皇室典範】

天皇の地位である皇位の世襲による継承を中心として規定した法律(1947公布)。大日本帝国憲法時代にも同名の法規範があったが,それは憲法を頂点とする政務法体系と区別された,皇室事務に関する宮務法体系の頂点に立つものであり,大日本帝国憲法と並ぶ最高の成文法典であった。旧皇室典範は,皇室自律主義の原則の下で,臣民の意思を反映させるべきものではないとされていたので,天皇によって勅定され(1889年2月11日,つまり大日本帝国憲法と同日。

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大辞林 第三版の解説

こうしつてんぱん【皇室典範】

皇位継承、摂政設置、皇室会議、天皇・皇族の身分など皇室に関する事項を規定した法律。1889年(明治22)制定の皇室典範は憲法と並ぶ最高法であったが、戦後廃止。1947年(昭和22)日本国憲法発布とともに一般の法律としてあらためて皇室典範が制定された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

皇室典範
こうしつてんぱん

皇室に関する重要事項を定めた法律。旧「皇室典範」は、1889年(明治22)大日本帝国憲法と同時に制定され、同憲法とともにわが国の最高の成文法であった。したがって、成文憲法は形式上、大日本帝国憲法と皇室典範の二つに分かれ、皇室に関する規定はすべて皇室典範に組み入れられた。その結果、帝国議会は皇室に関する事項については、まったく関与することができなかった。このように、成文憲法が二元化した結果、あらゆる成文法は、宮務法(皇室典範およびそれに基づく皇室令)と、政務法(憲法およびそれに基づく法令)に分かれ、皇室典範は宮務法の基本法として、もっぱら天皇によって改廃された。[池田政章]

新「皇室典範」

第二次世界大戦後、旧皇室典範は廃止され、日本国憲法と同時に施行された新「皇室典範」(昭和22年法律3号)は名称はそのまま残されたが、単に普通の法律と同じになり、国家の統制が及ぶことになった。その内容は、皇位継承、皇族の範囲、摂政(せっしょう)、成年・敬称・即位の礼、皇室会議などについて定めている。皇室典範は現在、皇室経済法とともに特殊の法域として皇室法を形成している。[池田政章]

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世界大百科事典内の皇室典範の言及

【金子堅太郎】より

…1880年元老院に出仕,各国憲法の調査に当たり,84年制度取調局の設置にともない,立憲制移行にともなう諸法制の整備に関与した。86年からは伊藤博文のもとで井上毅,伊東巳代治らとともに憲法,皇室典範や憲法付属の法典の起草に当たり,とくに貴族院令,衆議院議員選挙法の立案を担当した。94年農商務次官となり,日清戦争後の産業育成政策を立案,指導した。…

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