人首城跡(読み)ひとかべじようあと

日本歴史地名大系 「人首城跡」の解説

人首城跡
ひとかべじようあと

[現在地名]江刺市米里 人首町

人首館・臥牛(がぎゆう)城・沼辺(ぬまべ)館ともいい、江戸時代の正式呼称は人首要害。北上高地の一支脈阿茶(あちや)山の山塊が人首川方向へ突き出した丘陵の北西端にある山城。人首市街との比高約三〇メートル。「正法年譜住山記」によれば、室町時代には人首氏が当地を領していたとみられる。「葛西真記録」に「人首権太夫 人首邑主」とみえる。戦国時代末には安蘇修理が当城主(仙台領古城書上)。天正一九年(一五九一)伊達氏領に入り、慶長一一年(一六〇六)仙台藩治下で藩境の当城には伊達家一族で一〇〇貫文余を領した沼辺玄蕃重仲が封ぜられ、城の改修と町場の整備をすすめた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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