今城媋子(読み)いまき たつこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「今城媋子」の解説

今城媋子 いまき-たつこ

1809-1875 江戸時代後期の女官
文化6年10月17日生まれ。仁孝天皇後宮につかえ掌侍(ないしのじょう)となる。弘化(こうか)3年天皇の死去後,剃髪(ていはつ)して孝順院と号した。嘉永(かえい)7年召し使いの失火内裏(だいり)が類焼した責任をとわれ閉門となった。明治8年6月7日死去。67歳。京都出身。初名は敏子。通称は満喜,おまき,今参など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む