代太郎村(読み)だいたろうむら

日本歴史地名大系 「代太郎村」の解説

代太郎村
だいたろうむら

[現在地名]玖珠町戸畑(とばた) 代太郎

萩(はん)ヶ原(はる)村の北方、日田郡境にあり、府内・日田往還は代太郎峠を越えて同郡に通じる。「豊後国古城蹟并海陸路程」に代太郎坂とあり、長さ七町四〇間とある。正保郷帳に村名がみえ、田高二〇三石余・畑高六七石余で、半田(はんだ)郷(山田郷の誤り)に属し、小松山有、日損所と記す。延享三年(一七四六)代官岡田庄大夫の苛政を江戸表に直訴した日田郡・玖珠郡一三ヵ村中の一村で、組頭孫右衛門以下五名が田畑家財取上げ・所払・過料銭七貫文などの処罰を受けている(「十三ヶ村強訴百姓一件仕置」日田義民伝)。代太郎坂は、日田・玖珠間の主要交通路にあたるので、「伊能忠敬測量日記」、広瀬淡窓の日記等この地を通過した記録は多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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