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伊丹康勝 いたみ やすかつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊丹康勝 いたみ-やすかつ

1575-1653 江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)3年生まれ。伊丹康直(やすなお)の3男。徳川秀忠につかえ,大坂の陣では兵糧輸送役を担当。寛永10年甲斐(かい)(山梨県)の甲府城番,徳美(とくみ)藩主伊丹家初代となる。1万2000石。勘定奉行,佐渡奉行をつとめた。承応(じょうおう)2年6月3日死去。79歳。駿河(するが)(静岡県)出身。通称は喜之助。号は順斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

伊丹康勝

没年:承応2.6.3(1653.6.27)
生年:天正3(1575)
江戸初期の勘定頭。喜之助と称す。天正14(1586)年より徳川秀忠に近侍し,納戸頭。会計を担当し,大坂の陣には諸軍の兵糧運送を担当。寛永1(1624)年2月,家光に付属され,播磨守に叙任。同5年加増され9000石。同10年2月3日甲府城を預けられ,3000石加増。勘定頭として幕府財政,会計を担当し,佐渡金山を預けられ,関東および諸国代官らの訴訟も処理した。また,改易大名の城受取などを何度も務めた。一時,知行割り付けの不備や商人への貸し金のことで家光から閉門に処せられている。妻は興津内記の娘。<参考文献>藤井譲治『江戸幕府老中制形成過程の研究』

(山本博文)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の伊丹康勝の言及

【佐渡奉行】より

…そのころは佐渡金銀山の繁栄期で,奉行は1人が佐渡に,1人が江戸にあってそれぞれの任務にあたった。35年(寛永12)伊丹康勝(1万3000石,役料五百人扶持)は勘定頭の職にあって佐渡奉行を兼務し,佐渡には留守居を置いた。以来78年間は奉行は1人制であった。…

※「伊丹康勝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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