伊勢殿構町(読み)いせどのかまえちよう

日本歴史地名大系 「伊勢殿構町」の解説

伊勢殿構町
いせどのかまえちよう

上京区一条通千本東入

東西に通る一条通(旧一条大路)を挟む両側町。町の東寄りを南北に土屋町(つちやまち)通が通る。平安京大内裏北辺の跡地(「拾芥抄」の宮城指図)。

近世の聚楽第(じゆらくだい)造営の折、伊勢兵部少輔邸宅があり、町名はこれによるという(坊目誌)。寛永一四年(一六三七)洛中絵図や承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図には「伊勢殿構町」とあり、寛文五年(一六六五)刊「京雀」や、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「伊勢屋(いせや)町」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む