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伊勢貞忠 いせ さだただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊勢貞忠 いせ-さだただ

1483-1535 戦国時代の武将。
文明15年生まれ。伊勢貞陸(さだみち)の長男。永正(えいしょう)18年父の跡をつぎ,室町幕府政所(まんどころ)執事となり,終身つとめた。大永3年将軍足利義晴を自邸にまねいたときの記録「伊勢守貞忠亭御成記」がある。天文(てんぶん)4年11月24日死去。53歳。初名は貞霽(さだはる)。通称は七郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

伊勢貞忠

没年:天文4.11.24(1535.12.18)
生年:文明15(1483)
戦国時代の幕府吏僚。貞陸の子。七郎,備中守,伊勢守。従四位上。大永1(1521)年,父貞陸の跡を継ぎ室町幕府政所執事に就任,将軍の家産や財政を掌った。時代は幕府衰運のときで,収入欠陥と,即位礼など皇家の儀礼費捻出に苦慮する。同3年に将軍足利義晴を自邸に招いた記録『伊勢守貞忠亭御成記』は,当時の幕府を知る基本史料として重要。同6年の徳政令の処理にも携わっている。

(今谷明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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