伊勢貞陸(読み)いせ・さだみち

朝日日本歴史人物事典 「伊勢貞陸」の解説

伊勢貞陸

没年:大永1.8.7(1521.9.7)
生年:生年不詳
戦国時代の幕府吏僚。貞宗の子。七郎,兵庫頭,備中守,伊勢守。従四位上。初名貞隆。隠居後,汲古斎と号す。延徳2(1490)年足利義稙の将軍就任とともに政所執事となり,大永1(1521)年まで在任。文明17(1485)年12月の山城国一揆による畠山政長の守護更迭後,山城守護に就任。これは同国が室町幕府最後の経済基盤であることを象徴する人事であった。同国一揆鎮圧の明応2(1493)年8月にも守護に再任されたが,同6年には守護代を細川被官の香西元長が占め,山城は細川氏の領国と化す。しかも執事,守護在任中は父貞宗が存命で,実権は父が握っていた。晩年には故実の著作を多く残した。

(今谷明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「伊勢貞陸」の解説

伊勢貞陸 いせ-さだみち

1463-1521 室町-戦国時代の武将
寛正(かんしょう)4年生まれ。伊勢貞宗(さだむね)の長男。2度山城守護となり,同国の一揆(いっき)後の混乱収拾にあたる。将軍足利義稙(よしたね)につかえ,延徳2年幕府政所(まんどころ)執事となる。武家の故実に通じ「常照愚草」などをあらわした。永正(えいしょう)18年8月7日死去。59歳。初名は貞隆,のち貞綱。通称は七郎。号は汲古斎。

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世界大百科事典(旧版)内の伊勢貞陸の言及

【山城国一揆】より

…この半済権が本来は守護の権限であったことや,惣国組織の活躍が主として検断の面で目だつことから,国一揆は南山城における守護の権限を国持ちにしようとしたものと考えられている。 室町幕府は,このような守護権を排除し国持体制を維持しようとする動向を承認することはできず,はやくも86年3月には伊勢貞陸を山城国守護職に任命した。しかし,貞陸は南山城に入部することができなかったため,同年5月には山城国を将軍の直轄地として,代官に伊勢貞陸をあてようとしたが,これも失敗した。…

※「伊勢貞陸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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