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伊牟田尚平 いむた しょうへい

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊牟田尚平 いむた-しょうへい

1832-1868 幕末の武士。
天保(てんぽう)3年5月25日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。万延元年アメリカ公使館通訳ヒュースケン暗殺にくわわる。慶応3年益満休之助らと江戸の治安をみだす活動をおこない幕府を挑発し,京都にもどる。翌年,京都でおきていた辻斬り,強盗が部下の行為とされ,2月自刃(じじん)させられた。37歳。名は茂時。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

伊牟田尚平

没年:明治1.2(1868)
生年:天保3.5.25(1832.6.23)
幕末の薩摩(鹿児島)藩士,尊攘派の志士。薩摩藩の門閥で喜入郷領主肝付氏の家臣伊牟田倉左衛門の子。鹿児島さらに長崎で蘭学を,江戸で儒学を学ぶ。安政4(1857)年脱藩,謹慎。万延1(1860)年藩老関山糺に従い江戸へ,同年12月米国公使館通弁官ヒュースケンを暗殺,藩庁へ尊王攘夷の実践を建議,捕らえられて鬼界ケ島に流刑となる。元治1(1864)年許され上洛,慶応3(1867)年西郷隆盛の指示により江戸へ,同藩邸に浪士を集め益満休之助と市中の攪乱工作を指揮。藩邸が焼打ちにあい藩船翔鳳丸によって脱走,上洛。折から洛中に辻切,強盗事件が頻発し,これが配下の行為とみられ責任を追及されて自刃した。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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