伊賀山(読み)いがやま

日本歴史地名大系 「伊賀山」の解説

伊賀山
いがやま

湊(みなと)の裏山を伊賀山、あるいは湊山という。標高六〇―八〇メートルの南北に長い丘陵で、山頂には県下最大の相の谷(あいのたに)古墳と二号墳の二つの前方後円墳があり、ほかに十数基の方形墓・円墳がある。

興国三年(一三四二)世田山(せたやま)城(現東予市)落城の時、背後の笠松(かさまつ)山城(現越智郡)を守っていた篠塚伊賀守は、城中を脱出してこの地より沖の島に渡ったという。口碑では、伊賀守は沖の島で病にかかり、養生のため当地に帰って没し、篠塚明神として霊を祀られたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む