但馬江(読み)たじまえ

日本歴史地名大系 「但馬江」の解説

但馬江
たじまえ

外山とやまの北、蛇の川内じやのこうちの沢水を水源として、南西へ上川茂かみかわも・下川茂、下黒山しもくろやま(現真野町)滝平たきだいら大崎おおさき村山むらやま(現羽茂町)まで約二〇キロに及ぶ水路。江戸初期、相川あいかわ一の鉱坑割間歩わりまぶの山主であった味方但馬が、小木おぎ(現小木町)みさき地域の海岸段丘上の開田を計画して引いた用水路と伝える。当江が目的の小木まで引けなかったのは、最もよい水源である外山地獄じごく沢で大岩盤にあたり、油一千樽を注いで岩を焼いても崩せなかったためとか、村山の平坦地を越える方法がなかったためともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む