佐々木道誉(読み)ささきどうよ

関連語 ウジ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「佐々木道誉」の意味・わかりやすい解説

佐々木道誉
ささきどうよ

[生]永仁4(1296)
[没]文中2=応安6(1373).8.25.
南北朝時代武将。高氏ともいう。近江豪族京極氏宗氏の子。嘉暦1 (1326) 年入道して道誉と号し,佐渡大夫判官入道といわれた。元弘の乱から建武中興争乱が生んだ自由奔放な武人といわれ,室町幕府要職につき,出雲飛騨などの守護となり権勢をふるった。

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改訂新版 世界大百科事典 「佐々木道誉」の意味・わかりやすい解説

佐々木道誉 (ささきどうよ)

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世界大百科事典(旧版)内の佐々木道誉の言及

【京極氏】より

…鎌倉時代以来の武家。宇多源氏の近江佐々木氏の流れ。佐々木信綱の三男泰綱は京都六角東洞院に住して六角氏を称し近江国守護となり,四男氏信は京極高辻に住して京極氏を称した。京極氏は5代佐々木高氏(道誉)によって南北朝・室町期の隆盛の基が築かれた。高氏は元弘・建武の騒乱で足利尊氏の最も忠実な武将として活躍し,重用されてその勢いは惣領家六角氏をしのいだ。高氏の功により歴代室町幕府評定衆に列し,侍所所司の家格(四職)を得,孫高詮の後は飛驒・出雲・隠岐3国の守護職を相伝した。…

【佐々木高氏】より

…法名道(導)誉。《太平記》いらい,佐々木道誉の名で知られる。京極氏は在京御家人として活躍し,京都高辻京極に邸宅を構えて家名とした。…

※「佐々木道誉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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