佐々木高氏(読み)ささきたかうじ

百科事典マイペディアの解説

佐々木高氏【ささきたかうじ】

南北朝時代の武将。京極宗氏の子。のち宗家宗綱の跡を継いだ。法号道誉(どうよ)(自署は〈導誉〉)。元弘の乱以来足利尊氏に従って幕府創建に寄与し,上総(かずさ),近江(おうみ),出雲(いずも),隠岐(おき),飛騨(ひだ)の守護を兼ね,政所(まんどころ)執事を務めた。〈ばさら大名〉として知られ,連歌・立花(りっか)・茶をよくし,近江猿楽の保護者でもあった。
→関連項目柏原宿京極氏番場宿

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐々木高氏 ささき-たかうじ

1296-1373 鎌倉-南北朝時代の武将。
永仁(えいにん)4年生まれ。京極(佐々木)宗氏の子。京極氏の家督をつぐ。北条高時につかえ,元弘(げんこう)の乱以後足利尊氏にしたがい,室町幕府の創設に関与。近江(おうみ)(滋賀県)などの守護となり,政所(まんどころ)執事をつとめた。連歌,茶,花などに通じ,その権勢とはでな振る舞いから婆娑羅(ばさら)大名とよばれた。応安6=文中2年8月25日死去。78歳。法号は道(導)誉。

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世界大百科事典 第2版の解説

ささきたかうじ【佐々木高氏】

1306‐73(徳治1‐文中2∥応安6)
南北朝時代の武将,文化人。近江佐々木氏の庶流京極宗氏の子,外祖父宗綱の子貞宗の嗣子。法名道(導)誉。《太平記》いらい,佐々木道誉の名で知られる。京極氏は在京御家人として活躍し,京都高辻京極に邸宅を構えて家名とした。近江での本拠は北近江で,伊吹山麓の太平寺に荘園支配の政所(まんどころ)をおき,柏原にも邸館をおいていた。道誉の出生,成育の地は不明だが,京都,近江のいずれかであろう。道誉は1322年(元亨2)京極氏の家職たる検非違使(けびいし)となり,ついで従五位下,佐渡守となった。

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大辞林 第三版の解説

ささきたかうじ【佐々木高氏】

1306~1373) 南北朝時代の武将。入道して導誉どうよ。京極氏の出。足利尊氏に従い、室町幕府創設に功をたてる。評定衆として幕政に参与。近江・上総かずさ・出雲・隠岐おき守護。性豪放磊落らいらく、和歌・連歌をよくし、近江猿楽の保護にも努めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

佐々木高氏
ささきたかうじ
(1306―1373)

南北朝時代の武将。宗氏(むねうじ)の子。貞宗(さだむね)の猶子。京極(きょうごく)氏。導誉(どうよ)と号す。鎌倉幕府のもとで執権北条高時(たかとき)に仕え、検非違使(けびいし)・佐渡守(さどのかみ)となる。元弘(げんこう)の変(1331)後、幕命により後醍醐(ごだいご)天皇を隠岐(おき)に護送した。しかし1333年(元弘3・正慶2)には足利尊氏(あしかがたかうじ)の幕下に参加。34年(建武1)には雑訴決断所寄人(ざっそけつだんしょよりゅうど)となった。翌年の北条時行(ときゆき)の乱(中先代(なかせんだい)の乱)に際し尊氏に従って東下したが、やがて新田義貞(にったよしさだ)の追討軍を迎えていったんこれに降(くだ)り、箱根竹の下の戦いにはまた尊氏に従った。やがて近江(おうみ)を抑えて尊氏を支え、36年(延元1・建武3)尊氏の幕府創立ののちは近江・若狭(わかさ)・出雲(いずも)・飛騨(ひだ)・上総(かずさ)などの守護職となり、幕府を支える力となった。しかし既成の権威を無視するいわゆる「バサラ大名」の典型でもあり、40年(暦応3・興国1)には、天台座主妙法院宮亮性(みょうほういんのみやりょうしょう)法親王の御所を焼いたかどで流罪に処せられたが、まもなく復帰した。50年(正平5・観応1)から翌年にかけての観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)には尊氏を助け、尊氏が鎌倉に下ったあとは、京都を守る義詮(よしあきら)をよく助けた。67年(正平22・貞治6)には南朝との講和交渉にあたったが不調に終わった。奔放な性格ながら連歌(れんが)・立花・茶などにも才があり、風流を解する武将としての一面もあった。73年(文中2・応安6)8月25日死去。[池永二郎]
『林屋辰三郎著『日本を創った人びと10 佐々木道誉』(1979・平凡社)』

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世界大百科事典内の佐々木高氏の言及

【京極氏】より

…佐々木信綱の三男泰綱は京都六角東洞院に住して六角氏を称し近江国守護となり,四男氏信は京極高辻に住して京極氏を称した。京極氏は5代佐々木高氏(道誉)によって南北朝・室町期の隆盛の基が築かれた。高氏は元弘・建武の騒乱で足利尊氏の最も忠実な武将として活躍し,重用されてその勢いは惣領家六角氏をしのいだ。…

【香道】より

…香木を素材とする聞香(ぶんこう∥もんこう)の芸道を香道という。日本独自のもので他に類例をみない。成立は室町時代末期であるが,奈良時代以来の前史がある。
[前史]
 香木が登場する奈良時代の香は,もっぱら神仏に供えられたが,平安時代には部屋にたきこめたり,着物に移香するための空薫(空香)物(そらだきもの)(練香(ねりこう))が盛行,精緻な発達をみせた。やがて,その艶麗華雅な創作を鑑賞し,2種の薫物の優劣を競う薫物合(たきものあわせ)が興る。…

【香木】より

…香木の微味幽趣を探るため14世紀の末には(銀)葉(ぎんよう)という隔火の具も考案されている。この時代の香木の歴史を語るにあたって逸することのできないのは佐々木道誉(佐々木高氏)で,香木の収集に執念を燃やし,什器,仏像まで香木とあらば割ってたいたという。彼が所持した177種の名香木は死後東山殿の所有に帰したと伝えられる。…

※「佐々木高氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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